山田昌弘 プロフィール

名古屋市会議員(千種区)・衆議院議員古川元久事務所長
山田昌弘(まさひろ)



1970年生まれ 46歳
      愛知県立旭丘高校卒業
      名古屋商科大学商学部卒業

1995年  チタカインターナショナルフーズ株式会社入社

1998年  さとう泰介参議院議員 公設第一秘書

2007年  名古屋市会議員(1期)

2012年  古川元久衆議院議員 秘書
      公設第一秘書(千種区・市政担当)

2015年  名古屋市会議員(2期)




ボーイスカウト活動に明け暮れた青春時代

p-naze01.jpg学生の頃、熱中したのはボーイスカウト活動です。小学校3年生から大学卒業まで、足掛け14年間続けました。ボーイスカウト活動の柱は野外活動と奉仕活動で、地域社会の様々な行事にも積極的に関わります。

 私は鼓笛隊の一員となり、愛知県下の多くのイベントに参加してきました。夏と秋は毎週のように各地へ出かけたものです。ある年の名古屋祭りでは、100人規模の鼓笛隊のリーダーになり、組織をまとめるという貴重な体験をさせていただきました。

 また、日常の学生生活では触れ合うことのできない、世代を越えた地域社会の人々との繋がりを、肌で感じることも出来ました。今振り返れば、ボーイスカウト活動は、私の社会貢献の出発点でした。

『同級生を国会に送りたい』

p-naze02.jpg 私と政治を結びつけたのは、旭丘高校時代の友人です。当時、社会人4年目でしたが、彼から「国会議員になりたいので政治活動を手伝ってほしい」と頼まれたものの、私は政治というものを全く知りませんでした。しかしながら、友人のたっての頼みに、仕事を辞めて彼の手伝いをすることを決心しました。そこで、政治のイロハを学ぶために、高校の先輩である古川代議士の元に彼と二人で相談に行きました。そこで同じく高校の先輩である佐藤泰介さんの参議院議員選挙の手伝いを紹介してもらい、それがご縁で佐藤議員の秘書にして頂いたのは1998年のことでした。

『議員秘書から市会議員へ』

p-naze03.jpg  友人を国会議員にしたい思いでスタートした議員秘書時代は8年あまりに渡りました。
 辛いこともありました。最初、右も左も分からぬ私は失敗続きです。拘束時間は長くプライベートの時間はあってないような毎日です。たくさんの指導を受けながら経験を積んでいきました。嬉しかったのは、若輩の身ではお目に掛かれない立派な方々とお会いでき、貴重な勉強ができたことです。人の気持ちを推し量り、先手先手と準備をしていくことの大切さも学びました。その中で次第に楽しいと思える充実感と達成感が増えていきました。
 夢中で過ごした秘書時代に、転機が訪れました。当時公設秘書となっていた私は、催事や会議で議員の代理としてご挨拶をし、多くの方から様々な陳情をお聞きしました。その度に「私ならどう話し、どう行動するか」という考えが培われていきました。秘書として汗をかく中で、政治への自分の思いを語り、行動する力を蓄えていった日々でもありました。そんな折、生まれ故郷の西区から市会議員に立候補しないかとの誘いを受けました。最初、私は大変迷いましたが、私を政治の世界へ導くことになった友人からも「是非やったらいい」と背中を押してもらい、私は友人の政治活動をサポートするという当初の思いから、自らが議員を目指す決心をしました。そして2007年4月の統一地方選挙で多くの仲間に助けられ、3位当選という予想外の結果を得られました。風にも乗って初挑戦で初当選、市会議員になりました。
『落選して分かったこと』
  しかしながら、リコール署名・減税の逆風が吹く中、2度目の選挙はあえなく落選しました。いつかは逆風も収まるであろうと一部の支援者向けにのみ活動をしていた自業自得の結果であったと反省しています。「風で通った者は風で落ちる」、自分の未熟さと甘さを痛感させられました。
 その後、契約社員として「消えた年金」調査の仕事をしていた時に、政治の世界に入ったきっかけとなった高校時代の友人が衆議院議員になっていたので、誘っていただいて彼の事務所(大阪)で公設秘書として働きました。彼と一緒に働くことが出来たのは非常に嬉しかったのですが、働く中でまた地域の方のお声を聞き、自分ならどう対応するかと想像することも多くありました。他の市政を勉強したこともあり、名古屋市議復帰への思いは強くなっていきました。

『新たなチャレンジへ』

DSC_0013.jpg  そんな時に、古川代議士から声をかけて頂き、2012年から古川元久事務所で働くことになりました。秘書として皆様から頂く様々なお声は、名古屋市としてやらなければならないこと、名古屋市で解決できることがたくさんあります。 もう一度名古屋市会議員として皆様のお役に立たせていただきたいという思いが強くなっていったときに、代議士の地元事務所のある千種区から、千種区の皆様の声を代議士に伝える役割を果たしつつ、今回、市政に再チャレンジする機会を頂きました。
「皆様からいただく地域の声を市政に届け、未来に責任が持てる政治を目指します。これからの名古屋市・千種区をさらに盛り上げていこうとする方々の思いや頑張りにお役に立てるようコツコツと活動して参ります。」